さて、先月の本年9月のデシたちのチャレンジは残念ながら次のステップにいける権利は取れませんでした。
オノコは2年連続の代表戦、オナゴは強豪チームに本数、、、ホント惜敗。
「勝ったときは選手のおかげ、負けたときは指導者の責任」ですから、私としては、なんらかのアクションをかけていかないとなりませんな。
ただ、来月までこのチームはまだつづきます、最後にいい締めくくりをしてもらいたいと願わずにはいられません。
さて、こういう勝ち負けに一喜一憂するわたしたちですが、、、
写真のような、記事が読売新聞(2013/8/31朝刊)に出てたようで、SNSで取り上げられています。
とてもよい記事だとおもいますし、なにをもって正解にしていいのかはわかりません。
こういう捉え方はいいとおもってますし、他の武道の諸先生とお話しさせてもらう中で、個人的にはこうあってほしいとも思うようになっています、、、はい、単純にひろめないという方向性で。
ただそうなると日本のスポーツシステムとか、いま剣道がある(戦後復活した)そもそも論からは外れるのかもしれませんけど。
このことに関しては、いろいろなことを整理しておかないといけないな、、、とおもうのはわたしだけでないと思いますし、あえて少々整理してみたいと思います。
どういう方向に向かうのかは結論がでなくても、多くのヒトが考えてくれるようなことになればと思うのです。
まず、太平洋戦争後、GHQによって禁止され復活した剣道、、、
そう、いまの剣道は、「体育・スポーツ」として復活したのです。
また、今月末にロシア・サンクトペテルブルグにおいて、スポーツアコードのコンバットゲームズで剣道大会がおこなわれることはあまりにも周知されていませんが、2006年にスポーツアコードに加盟してるんですよね、剣道。
前回は北京で行われましたね(以下)、、、今回は行きません。
> 拙ぶろぐ:世界の剣道へ?!:SportsAccord Combat Games 2010 Beijing Kendo Event をみて
さらに、以下のブログにもこれに関することが書かれていますので、参照してほしいと思います(甚之介さんのブログ復活祝いということで!)。
> 甚之介の剣道雑記帳:剣道がオリンピック競技になる可能性は?
こういった意味では、やはりスポーツですし、国際的にはどうひろまるのかな、、、各国の文化による変容を認めていくのが国際化と考えるとそれもやむなしという方向性をしめしたように見えたりもします。
一方、全日本剣道演武大会(京都大会)のようにチャンピオンシップじゃない大会が存在していることは、やはり武道は独特なものがあるということだと思いますし、いいとおもうんですよね
海外からも、多くの方々が、わざわざお金を払っても参加するということは海外の方でもこういう剣道のファンがいるということですよね。
ぜひ、こういうのはあまりルールとかにとらわれずに、先達から受け継がれるというような感じでずっと存続してもらいたいですね。
そうなると、さらには4月の名古屋や9月の東京でおこなわれる最高位の段位の先生方の大会も、セルフジャッジで、、、さらには、そこに立合人がいて、「まだまだ」なんてオーバーコールしつつ、もっといいワザを出してもらうとか、、、競技を逸脱しちゃうような、、、まぁ、話が脱線、暴走してる感は否めませんけど。
そしてそして、世界大会もいまは平等性から各国から審判をということだろうけど、そうではなく、全員日本人が審判するとか、、、
これは、家元的な発想ということで、、、こうやるのもありなんだろうと考えたり(汗)
※こういうのは少年少女、学校教育における剣道ではムリかな、、、それで進学したりしてるから、欲が存在しているし。
兎にも角にも、なにがいいかはわかりません。
正直いまの剣道をとりまくひとたちが、どちらにも軸足をおけるし、ブレがあるのかもしれませんね。
まぁ、どちらに軸足をおく自由度があるともいえるかもしれないという観点ではいいのかもしれません、、、
わからないまま、それはそれでいいというファンをもっている剣道、こういうのをあーこー考え続けられるというのがいいのかもしれませんね。
毎度のことながら、結論なしです・・・スミマセン。
一生かけても答え出ないかもしれません、わたしの一生くらいでは。