剣道家をめざすセンセのぶろぐ。

「師弟同行」教うるは学ぶの半ばなり、、、どちらもまだまだです。

2011年 剣道論

右なのか?左なのか?:剣道の所作事におもう…

講習会より
講習会より

昨日、とある剣道の連盟の審判講習会に行ってまいりました。
受講生です、、、実技研修もありです。

で、思ったんです。
剣道では、審判がそろって試合上に入るとき、歩調も合わせようという努力もあるんです、これはこれでステキなんです。
で、右足から入ります、、、これは、試合のときも選手もそうします。

なぜなんでしょうか・・・

日本語では「左右」っていいますねぇ・・・じゃぁ左のほうが先、優位なの???
右大臣と左大臣では?これは調べてみると「天子は南面し、臣下は北面す」とあるように天皇は南を向いているので、東は左、右は西。したがって、日が昇る東が上座にあたるので、左大臣のほうが上とか。

まぁ、こんなことはわかりません、武道での状況についての少しだけ整理をしてみましょう?!
史的なことも、言語的なことも専門ではないので、現状からの問題提起ということにしたいと思います。

柔道では、TKB時代に、となりの研究室のわが父君と同級生である大先生から、試合場に入るとき、開始線をまたぐとき、これは左足からという指導・教育がされていると聞いていました。
昨年春にいろいろと考えることもあり、どうしても高段者の柔道をみたく、高段者大会なるものを見学に行ったときに、左足から試合場に入り、左足から開始線をまたぐということの徹底っぷりに感動をしたものです。

2010柔道高段者大会より
2010柔道高段者大会より

これはなぜかというと、戦いを始めるまで、「はじめ」の合図がかかるまでは、戦いでないから帯刀した刀を抜きにくい左足から入る、つまり、刀を抜く動作につながる右足からは入らないということらしいんです。
刀を使わなくなった柔道からこう言うのを聞いたのに、感動をしたので、ずーーーと記憶に残っているんですねぇ。
※あってるのかな?柔道界の方々、コメントなどでフォロー・ミーm(__)m

では、剣道は。
剣道こそ刀をつかうんです、刀を帯刀して前にでるんです、、、でも、、、ほとんど右から踏み出します。

これは、「送り足」の指導を引きずっているのかなぁとも思っています。
前に進むときは前にある足からということで、右半身で右足前の構えからの歩き始める足はほとんどが右足からになります。
こういう一連のことから、つい右足からでるように、身体に刷り込まれてしまっているようにも感じます。

個人的には柔道界がされている裏付けのほうが、剣道にもあってもいいのかなぁと思います。
やっぱ、基本的には理のあることのほうが、重要だと思うのです。

すこし見方は違いますが、剣道界内でも左右の問題はあると思います。
例えば、日本剣道形で礼法は右手に持って礼をして刀を左手に持ちかえて、始まります。
しかしながら、剣道の試合や稽古では、左手でも持ったまま、礼をして蹲踞に移行します。
また、木刀を置く際には、天覧などの場合は上座に対して、跪く足が変わってきたりもします。

また、警察関連などでは、礼をするとき以外は竹刀を右で持ち、正座するときには右側に置くこともあります。
これは、わざわざやるということではないと思います。
つまり、上記の礼法だから、刀を抜きにくい状況にし、相手に礼を尽くすという意味があるのではないかと推察します。

そもそも、正座をして刀を置くときに刃を自分のほうに向けるのは、その湾曲から刀が抜きにくく相手に礼を尽くす的な意味を含むわけです。
したがって、これも私見ですが、よりこの意図を明確にする意味では、竹刀を持ちかえたり、置きかえるというのはいいなぁと思います。

さらには、今日審判講習会の中で、厩舎は違うんですけど同期の親友・剣友と少々次のような話をしました。
礼法で、剣道形では右手にもって、剣道では左手に持って、、、って違う指導をするって、子供たちは大変だよねぇ、、、と。
間違い無く大変です。ただ、私はその段階の指導をしていないので、素直に大変だろなぁとしか思えません、、、ゴメンサナイm(__)m、、、でもしっかりご指導のほどお願いしますね!
とくに、こういう所作事が、統一が出来ていないのは、ひろめることを視野に入れるとどうなんだろうとと感じていました。

その世界だけに通じる常識になってしまうのもそれはそれでいいかもしれませんが、根本的には上記のような理のあることを徹底する、そして終始一貫した方法をとるということが、それをひろめるためには重要なのではないかと思ってなりません。

また武道全体で、理のあることを統一してやってもらいたいなぁとも思っています。
ことさら、剣道はこう、柔道はこうという別々なことも多いんでね。

極論的には、、、本当は内面のというか「相手に対するココロ」の問題でしょうから形を決めなくてもいい、「どうでもいい」ことなのかもしれませんけどね。
とはいえ、「格に入りて格より出ず」じゃないですけど、’かたち’にあらわすのも重要ですし、大事です。

と、ふと思ったことを問題提起として、ここに記しておきたいと思います。
もし、もしもですよ、、、剣道の大家にでもなって、解決できるような身分になったときに改めて見直す用のメモとして。
結論なしです、、、毎度のことですが。

 

<2011/02/07追記>
左右でいえばもうひとつ忘れていました。
正座の仕方です。
いまでは、「左座右起」が一般的に浸透していますし、これだけは武道全般で統一されていることのひとつでもあります。
しかしながら、小笠原流とか、柔道もそもそもは「右座左起」であったという経緯もあったり。

この点については、@jinnosuke1969 さんが以下のブログに書かれています。

> 甚之介の剣道雑記帳:剣道が左座右起であることの理由[仮説]

場合によっては右になったり左になったりするのは別に構いませんが、その理があることで徹底するべきかと思いますね。

 

 

 

<2012/06/05追記>
こういう資料を見つけました。
結構ストンと染み入りました、ご紹介まで。
まぁ、以下の資料に全部このポストをもってかれるってことですけど。

> 武道の礼法ー伝統の再構成ー: http://budo2009.nifs-k.ac.jp/images/pdf/tnakamura.pdf

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3 コメント

  1. 私も誰かが(覚えていないところが私なんですが)「右手に刀を持っている時は私は切りませんという意味だから、試合場に入っていない時は基本的には右に竹刀を持つものだ」というようなことを聞いた事があって、結構、それ以来、右手にもってしまいます。なんか、そういうのが格好いいと思ってしまうんです。でもほとんどの方が左なので、間違って覚えちゃったのかなあと思っていました。警察の方から聞いたのかもしれませんね。

  2. まーちゃん、コメントどもども。

    居合もそうなの、、、勉強不足ですね、わたくし。
    でも、そっちのほうが重大な問題だね、同じ組織下にあるわけで。

    まぁ、おっしゃるとおり、理のあることに落ち着くべきと思います。
    これは、 @jinnosuke1969 さんも一緒ですね。

    とある「◯◯法」に関してはね、、、発足の際に、誰かさんはかかわっていたりするので、その時の浅学菲才っぷりに、、、(反省)
    そう、この界自体を迷走させているような気がしてなりません。
    (これについてはまた別途書きたいと思います)

    仔細なことかもしれませんが、こういうことって根本的なことだと思っています。
    こういうことが、しっかりしていないからいくらその教育性をうたっても、心うたないというか・・・

    今回のメモはね、そういうジレンマがこういう所にもあるということの問題提起ですね。

    ありがとでした。

  3. 礼法(所作)の統一、重要なテーマだと思います。
    剣道と柔道の所作が違うというお話しも書いてありましたが、同じ連盟内の剣道と居合道についても同じことが言えます。
    見直すポイントは「理」にかなっているのか否かではないでしょうか。
    いまの剣道の礼法は、学校教育や少年教育の現場からの意見が反映され、刀を右から左に持ちかえる所作などが簡略化されたはずですが、「木刀による、、、」の普及によって、それがかえって“ややこしく”なってしまいました。
    個人的には、このメモを多くの方々が読んで重い腰をあげてくれれば良いのになぁーっと望んでいます。
    とはいいながら実際に検討がはじまると、色々とクリアしなければならない問題点がありそうですけどね。
    私の中でも次々と頭に浮かんできます^^;

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