京都武徳殿
京都武徳殿

1ヶ月以上のご無沙汰になってしまいました。
この秋のシーズン、デシたちは予選で男女それぞれが2週続けての代表選敗け、そのチームが全国大会に、、、うちはようするにあと一歩。その一歩が大きな差ってのはわかってますが、これはね、キツイ、、、彼らもキツイけど、わたしもね。
勝ったときは選手のおかげだけど、負けた責任は指導陣に多大にあり、ここで踏ん張れるか、これが大きな課題ですね。

昨年、一昨年の8〜9月、そして10月大会前に前向きにブログ書けてたことがホント幸せに感じてますし、逆に悔しさバネにってのを来年は書きたいな、、、と思っています。

さて、これで凹んでるのと、本務が秋場所開始にかかるバタバタ、そしてさらに、大組織ならぬ中組織から、依頼をうけ、勉強会のコウシ、、、この原稿・資料つくりにおわれてました。

はい、能力のない私はブログ書くゆとりはなくなったんですね。

とはいうものの、その大役も終わりましたので、そのために勉強したこと、コウシましたってことの一端を簡単に書き留めておきたいと思います。
段位とか、称号に関するメモです、、、詳細はご自身でお調べください、とある称号には年金が出てたなどなど。

そもそも史的なことにあまり興味をもってるわけではなかったのですが、コウシをする以上どうやったら興味をもってもらうか、ガンバっちゃうんですね(笑)
こういうのも勉強してくると面白くなったりします。

まず、いま剣道は称号段位(弓道もかな)、柔道は段位です。

そもそも、剣道は「級」、柔道は「段」だったといいます。

ちょっと歴史的なことですが、近世初期では、剣術諸流派は和歌の伝授方法にならって「切紙」で伝授する方式をしてたらしいのですが、それが中伝(免許)・奥伝(皆伝)などとなり、「兵法窮理(兵法伝記)」、「兵法目録・同添状」、「免状(明鏡)」と相伝形式が明確な階層化され、それと撃剣興行の登場が相まり、より剣術をさかんにさせたようです。

この点は、現在の『称号・段位審査規則』の前文にある「…この制度を重視・活用して、剣道の奨励と発展に役立てたい…」、第1条(目的)の「剣道の奨励および、その向上に資する目的で…」とあることの思想の出発点はこういう経緯にあるのかなと考えています。
こういうためなのか、剣道の特性や奥深さからなのか、段位や称号のの受審も長い年月をかけてやることになります。

また、国体でも年代別(大将は55歳以上)のチームが構成されたり、年代相応の試合があるのも剣道の特徴だったりします。

このこともあるのかどうか、日本体育協会の中央競技団体として、剣道はその競技別登録人数がダントツに多いのです!!!
この競技者人数のダントツの多さというのは、当の剣道の方々はあまりご存知ないのですよね。

剣道:約160万人、柔道:約18万人、サッカー:約90万人、、、などなど。 

> 日本体育協会 中央競技団体 競技別登録者数

※ここ重要!!
競技連盟によっては、競技を愛好している人を競技者としてカウントしてない場合もありますし、つまり、競技者としてのライセンスの登録をしている選手のみの日体協への報告であったり、この数字は競技者という捉え方の基準がまちまちであるということもお知りおきください、、、ちなみに剣道はたぶん有段者全員が登録者という扱いであると思われます。それでも、ダントツに多いんです。

話を戻しますが、明治維新後、柔道の嘉納治五郎先生が、囲碁や将棋の段位制を参考にし、柔道は「段」を取り入れ、一方、剣道は警視庁の撃剣等級の制度が「級」で、それが一般化したようです。
これが、剣道は「級」、柔道は「段」ということの所以のようです。

そして、大日本武徳会という組織(現在、戦前のこの組織と関係ない同名の団体があるようですね)が、各種流派の形をまとめ、剣道形を制定するときに、武道全般の等級制度を「段位」で統一することについて、剣道での「段位制度」の導入についての検討がされたようですね。
そう、剣道、柔道、弓道の等級制度を統一して、武道全体の普及をしようとしたんでしょうね。

ちなみに柔道の嘉納治五郎先生が好調をつとめていた高等師範学校では段位制度がとりいれられていましたし、各流派でいろいろと等級制度がとられていたんです。

この検討の結果、「初段〜5段」、その上に「精錬証(のちの錬士)」「教士」「範士」とまずはなったようです(大正6年)。
ここでは、現在の規程同様に「範士」が最高位ということになりますね。

さらに、柔道の十段制度にならって十段までになり、その一方で称号も併用するようになったのです(昭和12年)。

では、、、十段を、そもそもの「級」で対応すると「一級上」となるようです。
さらに、今の八段は二級上、七段は二級下、六段は三級上、、、初段は五級上、一級は五級中、、、となるようです。
各級に上下や上中下があったそうです。
※現在、剣道十段は『称号・段位審査規則』にも八段までしか審査を明記されていませんし、実在していません。

一方柔道にたいしても、武徳会では称号があったらしいです、、、現在はありません。

さて、武徳会は会費(会員の義金)でなりたっていましたが(後に政府の外郭団体になります)、他の同様の組織より強力な募金能力があったようで、大きな団体だったようです。

ちょっと現金な話ですが、武徳会は「武道家優遇例」というのをうちだして、称号「範士」には終身25円以内の年金が与えていたようです。
単純に戦前の通貨価値だと、いまなら2万倍くらいらしいです、、、はい、年50万円くらいでしょうか。
ただでさえ、武道指南ということで生計が立てられた時代、格別の優遇ですよね。
いま、このような話をすると、、、範士の大先生方の反応ときたら、、、もうなんだか、神の域の人たちが「人間宣言」するような話しができるので、とても楽しくなります(笑)

武徳殿脇の内藤高治先生顕彰碑
武徳殿脇の内藤高治先生顕彰碑

さてさて、このような歴史をみてくると、大日本武徳会の影響を剣道はとてもうけていると感じました。

柔道は、戦後大日本武徳会の解散をうけて、講道館柔道であるとして、称号制度もまったくなくなり、武徳会の影響もなくなっています。
これは、武道が第2次世界大戦後にGHQから解散をさせられ、約1300人もの公職追放ということをうけた組織との線引をした柔道の英断かもしれませんし、講道館があったからこそできたことかもしれません。

一方、剣道では、この改革に応じた段位制度、称号制度を複雑に残した形となっています。

これは、剣道が柔道のように英断がないという見方もありますが、武道としての名称統一(「道」での統一)、武道家の表彰と称号の制定、統一形の制定、審判規定の制定、武道専門学校の建設など、現在の剣道を考えた場合、多くの遺産を残しているといえます。
弓道も称号はあるので、弓道も大日本武徳会の影響があるのかな、、、これは勉強不足です(どなたかご指南ください)。

この伝統としてだろうと思いますが、剣道も弓道も5月のゴールデンウィークに京都武徳殿に行くと演武大会がひらかれています。
まさにその名残といえるのでしょうね。

ただ、その少々複雑な階層化された称号・段位システムは、剣道を一生続けられるモチベーションを与えているともいえるかもしれません。

これは、今回コウシをして非常に感じました、受験対策なんですけど、幅広い年代の、職業もいろいろな、多くの方々が参加していただけてるんですから。
今回は、はじめてで不適際が多かったのですが、多くの先生方、ご清聴ありがとうございました。
そして、一部の方々、勉強会第2章はありがとうございました┏○

正直なことをいうと、勉強の最初は、柔道のようにすっきり段位のみというのがいいんじゃないかと思っていました。
称号と段位は別ものといいつつも、6段をとって錬士、7段をとって教士、8段をとって範士というような段位との連動があるので、独立しているとも言えないですし。
でもですね、剣道は生涯実践して技量的力量である「段位」を取得できること、これは他の種目ではありません。

そして、高段位になるにつれ、その修業年限は長くなります、そこで段位とはやや次元が違う「称号」が存在してくることは、期間内に次のモチベーションがあるとも言えますので、前述の資格の階層化という点では非常にいいのではないかということです。

また、生涯剣道といって実践を伴う以上、「やってみせていってきかせる」ってのができないと説得力のない世界だったりもしますからね。

さて、根本に「剣道の奨励および、その向上に資する目的で…」とあるわけですし、ここまでのライセンスになると、自分のためのものではないという性質がとてもおもしろいというか。

ジョン・F・ケネディ氏が言ったという以下の名言にも近いものがありますよね、国家を「剣道」におきかえたりすると。

アメリカ国民諸君。国家が諸君のために何をなしうるかを問うのではなく諸君が国家に何をなしうるかを考えよ。世界中の同胞諸君。アメリカが諸君のために何をなしうるかを問うのではなく、我々がともに人類の自由のために何をなしうるかを考えよ。

まぁ、自分でとりにいくライセンスなんだけど、自分のためのライセンスじゃないみたいだなぁ・・・というのがいろいろと文献を散見した感想です。

 

中組織(スミマセン、こんな表現で)
中組織(スミマセン、こんな表現で)

勉強会は、脱線話をしているうちに、取留めのないことになりそうになり、一生懸命修正したのですが、時間配分と本線と余談のバランスについてが、とっても反省。

あとで数人に感想をうかがえたのですが、与太話がよかったと言われました、、、うーん(笑)
だいたい範囲がひろすぎですし、脱線ありきだと、2時間はしんどいですが、短いんですよね。
もっと、コウシとしてのスキルを上げなければなりません、がんばります。
コウシないといけない、、、なんてものをつくりあげないといけませんね(ダジャレ言っている時点で失格かな、、、汗)

兎にも角にも、受講された先生方のご健闘をお祈りします。
11月後半には、私のメールアドレスに合格しましたって連絡がいっぱい来ることを期待してます。
不合格がでたら、、、わたしはクビなんでしょうかね???
まぁ、内容としては、中組織の重鎮、運営スタッフの方々も楽しそうに聞いていただけたので、まずます初陣としてはよかったんじゃないかなとおもっていますけど。

 

さらにさらにさらに、、、ここからは完全与太話。

戦前には、厚生省体育局武道課というセクションがあったとか。
武道もそうですが、体力とかも厚生省の管轄であったようですね。
この結果をうけて、武徳会は政府の外郭団体となり、厚生省、文部省、陸軍省、海軍省、内務省と5省共管のものとなったようです。

こんな話を六本木のとある店で、柔道の先輩としてたら、、、そろそろ原点回帰、武道は文科省でなくてもいいんじゃないかってヮ(゚д゚)ォ!
はい、これ以上はオフレコなのでかけませんし、かきません、いいですよね、はい。
となりのテーブルには、ジャニーズの超有名な面々がいるにもかかわらずこんな話です(笑)

称号段位や剣道の普及発展とかについてはもっともっと勉強していきますね。
とにかく、時間配分のミスの反省かたがた勉強したメモでした。

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