昭和15年のコテ(左2つ)と今のコテ(右)
昭和15年のコテ(左2つ)と今のコテ(右)

現職について○○年、、、先日、就職祝いとして「コテ」をつくっていただきました。
そもそも最初頂いたものを「握れない」と返品する私も私だったりするんですが、、、
そんなこんなで、ヲタクプレイヤーと名人職人のやりとりがいろいろとありまして○○年、ようやく出来上がった作品、逸品です、、、このネタはいつかまた。

そして、コテの話ということで、、、
ちょっと前に、こんなコテたちに囲まれる機会がありました、、、(右写真)
いやぁ、ヲタクとしては、ヨダレ(@ ̄¬ ̄@)ジュルリ♪

いろいろとみる観点があるんです。

革や木綿の色のあせ方から、昔と今の材料の染めや革の鞣し方のちがい、、、
さらには、糸そのものや触ってみての重さや柔軟性からの中身の毛氈や綿などの材料のこと、、、
そして、糸のまつりやら刺し方やら、飾りの入れ方、、、
イセのとり方などといった技術のこと、、、もうたまりません、wktkが tomaranai。

古い2つは、あとで紹介しますが、昭和15年、紀元2600年関連の道具、、、。
つまり、1940年、いまからかれこれ70年以上前の道具、俗に言う「戦前」のものです。

さて、これらを見て何を語るか考えましたが、今回は「筒(つつ)」のみからいろいろと語ってみましょう。

まずは、コテの紹介。

ひとつは、水戸の作品。これは森山さんというとても有名な名人の作ですね。
昭和15年、紀元2600年にあわせての作品だとか。

水戸森山さんの作品
水戸森山さんの作品

もうひとつは、旦善さんという、これまた東京の名人の作品。
昭和15年、紀元2600年奉祝記念武道大会(昭和15年6月18~19日)に出場された小野十生先生が使用したものだそうです。

昭和天覧試合小野先生使用のコテ(旦善)
昭和天覧試合小野先生使用のコテ(旦善)

そう、かの有名な昭和天覧試合ですね、、、(お調べ下さい)

さらにもうひとつは、いまの名工と言われている方の作品ですね(ここでは名をふせておきましょう)。

まぁ、今の剣道の動きにはこの作品が全然いいのですが、、、古いものの方には、いまは手に入らないような材料や手間のかけ方など目を見張るものもありますねぇ。

 

さて、これらのコテの筒をみて、、、まずですね、、、

水戸と東京ということで、多分当時は交流があったり、情報交換などないはずなんですが、筒の長さがほぼ同じということですね、おもしろいことです。
とくに、規格なんてのはなかったはずなんですけどね。
今のものより、長いのです。
現在の平均的な体格よりも当時は小さい中、コテの筒が長いということは、比率から言うとおかしいのです。
筒の長さについては、あとに続きます。

また、次に現代のものにあるような筒のクリが、、、コテの布団のカーブの部分をさしますが、、、一方にはあって、一方にはないということ。
ちなみに、現在のコテすべてに、クリはあります。

同時代のでも、クリの有無があるということ、、、これは前述もしましたが、情報伝達があまり活発でないため、起こっている事象ではないかなと推測します。
この時代あたりからクリというものがうまれ、徐々に広まっていったのでしょう。
※クリがなければ、左右を交代しながら使えるなど、、、馬鹿なこともいえますけどね。

クリとは、竹刀操作をするときに前腕にコテ布団が擦れないように、じゃまにならないようにあるものです。
つまり、このクリがあるだけでも、当時、旦善さんがコテの名人といわれていたのかもしれませんね、、、(私見、推測です)。

そして、「コテの布団の長さとクリと剣道の技術論」という話にしていきたいと思います。

今のコテは、コテ布団は短くなっていますし、クリのないものをみることはありません。

ということから考えるに、、、剣道の技術が変化していったのではないかということです。
様々な研究や資料から剣道の技術の変遷などということはいわれています。
今回はそんなことはぬきにして、筒のこれだけの資料で何を読むかということにチャレンジです。

つまり筒が長く、クリがないということは、剣道でいう「手首を返して使う」ということが戦前まではあまり使われていなかったということになるかもしれません。
手首の返しをほとんど使わない打突動作がメインであったのかもしれません、、、

これは刀を扱う方々の言われる刀の使い方、、、表現と類似しています。
そうなんです、刀を使う方々はあまり手首を曲げるような表現はされないんです、、、

そもそも刀の重量は竹刀より重いのです。
刀の感覚を持ちながらその代用品としての竹刀の使い方から、竹刀を使っての競技がメインとなり、竹刀特有の技術ともいえる使い方が出てきて、用具も変遷していったのではないかと考えます。
※もっと刀の扱いについて勉強しないと、一概に言い切ることのできない問題なのかもしれませんが。

手首を曲げて使えば、コテの筒の布団が長いのは、前腕にあたったり、擦れたりしてジャマになります。
こういうことから、クリというカッティングが出てきたのではないかと推測できるのです。
そして、徐々に動作のジャマになるのと、プロテクターとしての長さの塩梅を考えつつ、今のように短くなってきたのかなともいえます。

まぁ、、、ポイントとられないように短くなんてヤカラどもの話は論外です。

ココらの変遷のことは、剣道具師という職人さんがほとんどいなくなったこと、職人さんも記憶とかですので、この作り手からの正確なことがたどれない(記録がない)のは残念ですね。

あと、、、本当にムズカしい話にもっていくと、「竹刀は刀である」という、いまの剣道界の根幹にあること自体に、実質的な変化があることが垣間見えているということになっているのかもしれません、、、つまり、これは実は大変大きなテーマになるのかもしれません。
この話はね、、、深すぎるのでいまの私ごときでは語れません、、、こんなこと語れる剣道家になれるか、オレ??

さてさて、、、こういう見方を極めてくると、、、
以下のぶろぐはどうでしょうか!?

mykote
◯年越しの…ありがとうございます

ヲタクっぷりは、少々極めていくとこの程度にはなります。

> 拙ぶろぐ:剣道のアップ再考、見て盗むこと

とはいっても、、、まったくというほど、こういう感覚を自己の剣道の技術等には発揮できない駄馬なんですけどね、あたくし。
もっとうまくなりたいト思ってはいるんですけどね。

もっと、ヲタクを極めないといけないってことだな、、、ガンバリマス。

右写真、いただいたコテです、、、

最高です わぁい ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ わぁい♪

 

 

 

 

<2011/12/19 追記>
コメントでご指摘頂きました。
旦善さんは京都の職人さんであると。
ご所蔵の方が東京といわれたものでその点の検証を怠ったかもしれません…もう少しここは調べます。
ただ、そうなるとさらに距離が離れる中で、筒の長さがほぼ一緒というのは面白いですね。

また、筒についての優劣みたいなことを書いてしまいましたが、道具の良し悪しは使う方がきめることとこのブログをで一貫してきたつもりなのに、反省ですね。、、、申し訳ありませんが、その点削除します、ご迷惑をかけました。

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