‘教え’という枠ではないかもしれませんが、、、多くの教本にかかることなので、新シリーズ第2弾ということにしましょう。
これは剣道に限らず、どんな競技種目の、どんな場面でも、基本通りのことをすると、感銘を与えたり、受けたりするものです。いろいろなことに通じるかもしれません。
「シンプル・イズ・ベスト」とでもいうのでしょうか、、、とある方のつぶやきで「アマチュアとプロの違い…アマチュアは物事を複雑にする、プロはシンプルにする。」というのもありましたね。

58th All Japan Kendo Championship 2010 Final Slow motion

※映像は、シンプルかつ高度な素敵な技だなということもありますが、YouTubeを一度ブログに貼ってみたかっただけ、深い意味はありません。

さて、昨今の剣道の教本のほとんどにおいて指導の展開は、「基本動作〜応用技能」と記述されています、、、

この表現に翻弄され、誤った解釈で稽古をとらえてるような、、、まぁ、こんなこと当然分かっているよって方は多いと思いますが。
とあるサイトの多くの方の表現をみたり、デシと話をしてるとどうなのと心配になったので、備忘録として記していきます。

つまり多くの剣道される人達は、「基本」を身につけてから、、、というような順序でとらえてるんではなかろうか、ということです。
こういう教本・書籍の記す順序の本意を理解せずに、「基本」が初歩や初級の段階と勘違いされているのかなと。

前もってかいときますが、「基本」を身につけるというのは、当然というか絶対必要なことで、つけなくていいということではなく、基本は体得しておかないといけないのです。
また、「基本」の語彙についても、諸説というか、いろいろなとらえ方もあるでしょうから、あくまでも私見です。
さらには語学の専門家ではないので、言及はできないとも、、、と先にいっておきます、スミマセン。

そして、その意味を調べると「基本とは、物事を成立させるために基づくもののこと」とありますが、さらにいっぱい検索すると、なんだかわからなくなります。

さて、試合や上級者の行うような剣道を「応用」とした場合、その下部構造としてささえるもののとしてのとらえる言葉は、「基礎」という語があてはまるのではないかと思うのです。
そして、「応用」力を高めようとすれば、その「基礎」も高める必要がある、、、そうすると「ベースアップ」という言葉が当然意味をもってくるし、さまざまなレベルにおけるパフォーマンス、「応用」力を発揮するためにそれに応じた「基礎」を身につけないといけないということになります。

ちなみに、昭和の剣聖といわれた持田盛二先生のご遺訓を以下に引用しますが、「基礎」という言葉を使っているのが、今回のテーマをするときには興味をひきます(もっと深い言葉がいっぱい含まれているのはわかっているつもりです)。

持田盛二先生遺訓

私は剣道の基礎を体で覚えるのに五十年かかった。
私の剣道は五十を過ぎてから本当の修行に入った。心で剣道しようとしたからである。
六十歳になると足腰が弱くなる。この弱さを補うのは心である。心を働かして弱点を強くするように努めた。
七十歳になると身体全体が弱くなる。こんどは心を動かさない修行をした。心が動かなくなれば、相手の心がこちらの鏡に映ってくる。心を静かに動かされないよう努めた。
八十歳になると心は動かなくなった。だが時々雑念が入る。心の中に雑念を入れないように修行している。

 

そして、以前のブログでも書きましたが、「Performance=Skill*Fitness*Motivation」と一般的に競技力がしめされますにも関わらず、剣道は一概に要素分けをして、取り組まない修行形態である。
しかしながら、、、それでもいろいろと理解して、知識をもって、稽古をしていく必要があるだろうと。

> 拙ぶろぐ: 剣道のトレーニングに思うこと

つまり、「基礎」と「応用」を対義としつつも、螺旋的に向上させている図式が重要と考えるのです。

 

では、「基本」とは。

修行という重みあるものにはそぐわない表現なんですが、、、「串にささった団子」の「串」。
いろいろな段階(団子)があっても、ずっと通っている「串」みたいのが「基本」ととらえるのがいいと思っています。
もっと太いものであるとは思いますが。

つまり、技の研究的な稽古について、「基本打ち」の練習とか「基本技」の稽古というのはおかしく、、、「切り返し〜技の稽古〜互格稽古〜掛かり稽古・・・」というすべての稽古の中で、基本通り打突動作を稽古することが重要だと考えています。
そう、稽古も試合も基本のような打突ですべてをしたいと。

そして、、、「基本」自体は、「形」と同様な意味をもつと思います。

「基本」は「奥義」、「神髄・真髄」、「極意」だと。

先人が数をかけて、剣道の場合は命をおとしながら、シンプルにしてきた結晶、エッセンスみたいなものといえるのではないでしょうか。
常に「基本」を求めて修行、鍛練していくのが、稽古ではないかと思っているのです。
そういう観点をもって、反復して、体得していくことが重要で、、、こうして私の好きな言葉(以下)に通じていくのだと思います。

「一刀は万刀に化し、万刀は一刀に帰す」

一刀流の極意ともいわれるこの言葉の意味については、深すぎて私ごときでは文章にしきれないので、、、調べてみてください。

ちなみに私自身、全くこんな域にはまったく達していませんので、今回の「基本」論すべてはそもそも憧れこみこみの夢の論です。

また、参考になればいいのですが、私のかわいい子分の組長(?)が書いたブログに、このようなことで、コメント欄でちょっとやりとりをしているので、見てください(以下、コメント荒らしともいわれてますけど)

> 関西医療大学 組長のブログ: 基本≒奥義?

 

 

今回は、「基本」の内容というより「‘教え’を考えるシリーズ」なので、文字面的な、修行や稽古の中での位置づけのことを中心に書きましたので、これくらいにしておきましょう。

全剣連HPより
全剣連HPより

こういうふうに「基本」を位置づけると、某選手がいったという以下の言葉がより意味を持ってくような気がしてなりません。
「基本」については続くかもしれませんね。

第57回全日本剣道選手権大会(2009)の優勝者の優勝後の言葉
「誰にもできることを誰にもできないくらいやることが大切」

この言葉も大好きデス!

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