こんなふざけた学術的な論はありません・・・勝手なつぶやきだと思ってください。
剣道の話かどうかもわからないし、わたしが恋愛マスターってわけでもないんですけど。
今日、デシがアキレス腱断裂をしました。
指導者としては、いろいろと凹んでます。
完治までの3~4ヵ月は彼らにとっては、人生の約60分の1、、、40歳過ぎの私がケガするのと意味合いも違う。
伸びる時期だし、本人はもっと凹んでいるんだろう。
オジさんは気丈でいますよ!
そんななかで、彼らに「剣道をずっと好きでいてほしい」と思い、つい書いてしまいました。
「毎日会いたい好きもあれば、今日は会いたくない好きもある。」
彼女や彼氏ってそんなもんかな?
剣道でもそんな感じでいいのではないかと。
「剣道」 ≒ 「彼氏」「彼女」
という関係。
社会人になって剣道を続けようと思うと、思うように時間もとれないし、こうでも思っていないと付き合っていけない。
でも、、、本当に深めるには、、、高めるには、、、
「会いたくなくても会っておかないと、、、明日はない」
今日あっての明日、明日のために、ということが肝要になってくるのは否めないんだけどね。
さらに、仕事にしてしまうと、つきあい方はちょっと違ってくる。
「結婚」ってヤツかな???「彼氏」「彼女」でなくなります(ーー;)
コイツはむずかしい(・・)(。。)
がんがれ~~~、職業剣道人!
さぁ、ケガをしたデシ、、、「剣道」をすることとはかなりながく会えなくなるけど、、、
別の会い方もあるだろうし、会えない時間が、、、、、って、より好きになってくれるといいんだけどな。
うちは、剣道で来たものはいないし、好きでいてくれるのが一番です。
その好きが、剣道そのものでも、その仲間でも、私でもイイから!
いろんな好きがあっていいんで、とにかく「好きもん」でいてほしいと。
そして、これから、いろいろな我慢をすることも出てくると思います。
それを乗り越えて、「我慢と起爆の心」を、このケガで「剣道」できない期間でつくってほしいなぁ!
そうするとひとまわりもふたまわりも成長してくれんではないかと、、、期待してます。
「好きこそものの上手なれ」 となりますように!!!
「我慢と起爆の心」、、、以下から参考にしました。
「剣道は我慢です」スゴいドキュメントでした。。。剣道だけじゃないような気もします。
以下のメッセージは非常に含蓄の深いものだと、私にも刻まれています。
— 「だいこんに花が咲いた」(宮崎TV) —
— 卒業生送別会での先生の贈る言葉より —剣道は我慢です。
怖くても出なければいけない我慢。
また負ければいけない我慢。
あるときはひかなければいけない我慢。
その我慢をした後に、機会とみたら、チャンスとみたら出る勇気、決断、そして行動。
行動する、ものを起こすときには起爆の心を持つ。
ひとが止めようもないくらい、激しく出て行く。
そういう我慢と勇気とそして決断力で、社会を歩んでいって欲しい。
そうすればタイトルよりも段位よりもここで剣道をしたことがいきてくる。
mickさん、先日剣道fanになられた方ですね(笑)
コメントありがとうございます。
ボクの彼が診察を受けている間に書いた駄文に、、、より深みを与えていただいて感謝します。
お礼まで、、、
「好きな事を仕事にする」は
「好きな人と結婚する」と
似てるかもしれませんね。
仕事で撮る写真は要求される絵があって、
気に入ってもらえなきゃいけなくて、
責任も重くて辛いのですが、
それもある意味自分を高めていく重要な条件。
そんな仕事の写真ばかり撮っているとうんざりして、自由に自分の写真を撮りたくて撮影に行きます。
結局は写真を撮ってるわけだけど全然気持ちが違う。
厳しく追い詰めるときと、
自由に好きにやりたいものが
同じであって同じでない。
でも好きだから続いていく。
好きだからそこに戻ってしまう。
私の仕事仲間もアキレス腱を切って
一昨日手術でした。
怪我は本人にも色々考える時間をくれますね。
すごいメッセージですね。
「我慢」
そういえば最近自分の中で忘れていた感覚です。
鳥肌が立ちました!
剣道を継続する感覚って野球人の私から見ると
『何を追求しているのだろう?』と不思議な事ばかりです。
それだけ、言葉ではない何かがあるのだろうな~?
と羨ましくも思っています。
『我慢』するだけの価値があるものを追求できる世界っていいですね!
お弟子さんの1日も早い怪我からの復帰と、
我慢が起爆することを祈念しております。